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Tuesday, March 17, 2020

鍵はジビエバーガーにあり!? 驚異の実現率を誇る「たなべ未来創造塾」の塾生たちによるビジネスコラボが止まらない秘訣 - greenz.jp

今、全国各地で、地方創生を目指した起業塾や人材育成塾が開かれています。しかし、そのなかでも群を抜いて成果が出ている塾があることをご存知でしょうか?

それが、和歌山県田辺市が運営している「たなべ未来創造塾」です。

ビジネスプランの実現率は驚異の65%超え。1〜3期生である過去35人のうち23人の塾生が塾の参加をきっかけに事業をスタートしています。さらに、塾生同士や地元企業とのコラボレーション企画まで続々と誕生。間違いなく“まちづくりの先進事例”と言える塾です。

いったいどういう仕組みなの? 高い実現率を維持する秘訣は? などを探るべく、先日開催された4期生の修了式を訪れ、過去の塾生たちのもとをめぐりインタビューをしました。

きっと記事を読み終える頃には、シズル感たっぷりのこのハンバーガーが「たなべ未来創造塾」の在り方を象徴するものだとお気付きいただけることでしょう。

十人十色のビジネスプランを立てる
「たなべ未来創造塾」とは

田辺市の人口は約7万3000人。5つの市町村が合併してできており、その面積は近畿最大となる約1027k㎡です。世界文化遺産「熊野古道」や日本三美人の湯「龍神温泉」などを有し、梅の産地としても名高く、多くの地域資源に恵まれています。その一方で、人口減少のスピードは全国平均より速く、空き家の増加や担い手の不足など深刻な地域課題を抱えています。

海沿いに市街地があり、紀伊半島の中央に向かって雄大な山々が広がっています(写真: 田辺市役所 / Nagai Katsu)

これらの地域課題を解決しようと、2016年に「たなべ未来創造塾」が創設されました。

コンセプトは「地域の課題をビジネスで解決する」。45歳以下の田辺市民を対象として約8カ月・全14回のカリキュラムが組まれ、毎年10人ほどが入塾しています。専門家や実践者による講義を通じて地域課題をデータで学び、ディスカッションや演習を経て、一人ひとりの専門性を生かした十人十色のビジネスプランを立てることを目的としています。

田辺市と富山大学地域連携推進機構が共同で主催し、地元の金融機関や財務事務所、商工会といった起業や経営にまつわる関連機関とも連携して、“産学官金”が一体となって運営しています。創設にあたって、田辺市役所 たなべ営業室 係長の鍋屋安則さんがなんと2年もの間、人材育成塾の運営実績を複数持つ富山大学に通い詰めたというから驚きです。

さらに、入塾は自薦だけでなく他薦を受けて事務局が一人ひとりのもとを直接訪ね、事前に面談しているのだとか!

先日の修了式には田辺市民や市外から訪れた視察者など約100人が出席。

カリキュラム上の最終項目は修了式ですが、目指すゴールはもちろんビジネスプランの実現です。受講中に起業する人もいれば、修了後に事業をはじめる人もいます。また、なかなかプランの実現に踏み切れない塾生がいれば適宜アドバイスをし、さらに2カ月に1度のペースで全期の塾生が集える活動報告会を開くなど、アフターフォローも徹底しています。

と、ここまでが「たなべ未来創造塾」の仕組みのお話です。

概要がわかったところで気になるのは、修了から数年が経った塾生たちの本音ですよね。そこで、4組の塾生たちのもとをめぐり、入塾の動機やその後の変化などを尋ねました。

閉店の予告から2カ月後に創業。
子どもに愛されるパン屋を目指して

1人目は「焼き立てパンD’oh(ドゥ)」を運営する2期生の浅賀由貴乃さんです。JR紀伊田辺駅前にある商店街の空き店舗を借り、修了直前の2018年2月にパン屋を創業しました。

地元の食材を用いたパンや、近隣店舗や塾生の農家と共同で商品開発した「地域コラボぱん」など、香ばしいかおりをまとった約90種類のパンが毎日来客者を迎えています。

同期生である柑橘農家「十秋園」など、これまで5社と共同し「地域コラボぱん」をつくっています(写真: 黒岩正和)

てっきり創業を志望して入塾したのかと思いきや、意外にも「自分がパン屋をはじめるなんて全然想像してなかったですよ」と言って、浅賀さんは話を切り出しました。

浅賀さん 以前は地元のパン屋でバイトをしながら学生向けの塾で英語を教えていました。昔から英語に興味があったので、もう一度オーストラリアに留学するか福岡の留学会社に就職するか……と今後のことを考えていた時に、知り合いから「たなべ未来創造塾」を勧められて。今なら暇やしええかなと最初は軽い気持ちで入ったんです。

上品な顔立ちからは予想外なほど歯に衣着せぬ物言いで、竹を割ったような性格の浅賀さん(写真: 黒岩正和)

浅賀さん 正直、最初は楽しくなくて(笑) 毎回懇親会もあって出費がかさむし、データを分析する講義は眠たいし。でも、前向きな思いを持った優しい塾生ばかりだったから、気が付けば懇親会は最後まで居座るようになって、回を重ねるたびに実践的になる講義にどんどん興味が湧いて。4カ月目を迎える頃にはすっかり塾が楽しくなっていました。

そんな矢先、4年間勤めていたパン屋から数カ月後に閉店すると告げられ、想定外の急展開を迎えます。以前から職人の腕に惚れ込み「もっと多くの人たちにこの味を届けたい」と思っていた浅賀さんは、書き溜めていた販売改善のアイデアをもとに、起業を決意。周囲の協力のもと、2カ月間という怒涛の準備期間を経て、無事オープンしました。

現在は、かつてのパン屋で共に働いたキャリア約30年の職人さんと二人で店を回しています(写真: 黒岩正和)

そんな浅賀さんに、塾に参加したことで地域に対する考え方は変わりましたか? と最後に質問したところ「0が100になったくらい変わりました」と瞬時に答えが返ってきました。

浅賀さん 今では田辺のことばかり考えるようになりましたし、一緒に考える仲間もできました。この店を長く続けて、地域の子どもたちに愛されるパン屋になりたい。そして自分に子どもができた時にこの店のパンを食べてもらいたい。それが私の夢ですね。

先日、5歳の小さなお客さんからお礼の手紙をもらったそう。さらに得意の英語力を生かして訪日観光客を接客するなど、今では商店街に賑わいをもたらす大切な役割を担っています。

子どもたちのためにとジュースを無料で提供し、店内に落書きスペースを設けています(写真: 黒岩正和)

宣伝し合える体制づくり。
地方移住の良さを体現するジャム屋

2人目は、山間部にある集落・龍神村で、少量多品目の果物や野菜を用いた食品加工ショップ&カフェ「CONSERVA(コンセルヴァ)」を運営する1期生の金丸知弘さんです。

イタリアの料理学校に留学して現地のレストランで働くなか、ジャムやパスタソースといった加工食品の瓶詰文化に魅了された金丸さん。帰国後、東京のイタリアン・レストランに勤めながら、いつか食材が豊富な土地で独立しようと移住先を検討していたそうです。

2016年4月に家族3人で田辺市にIターン移住。同年に開催された「たなべ未来創造塾」に入塾し、受講と並行しながら同年12月に「CONSERVA」を創業しています。

山村定住促進を目的に建てられたアトリエ付き住宅「龍神の家」の一角に店が入っています(写真: 黒岩正和)

金柑とデコポンのジャムや梅の甘露煮など。地元の食材を用いた無添加の加工食品を販売しています(写真: 黒岩正和)

同じ田辺市内ながら、塾の会場がある市街地から龍神村まで車で1時間ほどかかります。隔週で通うにはなかなかの距離。いったい入塾の決め手は何だったのでしょうか。

金丸さん 移住してすぐの頃だったので地域の同世代とつながりたかったんですよね。あと、もともと講演を聴くのが好きだったので、入塾料1万円で修了後も自由に講演を聴けるのはお得だなと思ったんです。市街地に通って仲良くなった人たちがコーヒーを飲みに店に来てくれるかもしれないし。そう考えたら参加する価値が充分あるなぁと思って。

東京生まれの金丸さん。スマートに物事を判断していく姿が印象的です(写真: 黒岩正和)

8カ月間の受講を振り返り「地域のことから自分の事業のことまで、みんなで一緒に考えるって楽しいものですね」と金丸さんは話します。

金丸さん 修了後も、みんなで “宣伝し合える体制”ができているのもいいところですね。塾を通じてそれぞれのビジネスプランに込めた思いやこだわりを知ることで、自信を持って他の人に紹介できたり、お互いの事業を積極的に組み合わせたりできるので。

実際に「CONSERVA」で提供しているケーキやクッキーには、自家配合の発酵肥料を用いて平飼い養鶏にこだわる2期生の「とりとんファーム」が育てた卵を使用しています。また、龍神村に移住者を増やすきっかけになればと、2019年4月に近隣の古民家を購入して一棟貸しの宿「小家御殿」を開業。襖の張り替えは2期生の「濱田表具店」に依頼したそうです。

川沿いの斜面に佇む築約30年の古民家を活用した「小家御殿」。裏には梅畑が広がっています(写真: 黒岩正和)

金丸さん 今後も龍神村をはじめ、田辺市に移住者を増やしていきたいと思っています。地方は家賃が安くて、自然環境に恵まれていて。何を不便と感じて何を便利と感じるかは、価値観によって大きく変わります。僕らのような移住者の体験談を聞いてもらえたら、地方暮らしは不便じゃないって気付いてもらえると自負しています。

「めんどうくさい」にこそ可能性あり。
狩猟から販売まで行う“農人と森の番人”

続いて3組目に訪れたのは、市街地から車で約30分の場所にある「株式会社 日向屋(ひなたや)」です。柑橘農家「岡本農園」を営む1期生の岡本和宜さんを代表として、若手農家6名が連携し2016年11月に「チームHINATA」を結成。2018年3月に法人化しています。

「株式会社 日向屋」の事業内容を一言で表すなら、“農人と森の番人”です。人口減少による担い手の不足から耕作放棄地が増え、農作物の鳥獣被害は年々拡大しています。それらの課題を解決しようと、耕作放棄地の管理からジビエの狩猟・加工・販売まで行っているのです。

今回は代表の岡本さんと、4期生として先日修了式を迎えた料理長官の更井亮介さん、腕利きの猟師である解体長官の湯川俊之さん、この3名にお話を伺いました。

左から更井さん、岡本さん、湯川さん。兄弟のように和気あいあいとしたチームです(写真: 黒岩正和)

岡本さん 異業種とのつながりを増やす良い機会かなと思って入塾を決めました。デザイナーとか旅館オーナーとかいろんな分野の塾生がいて、それぞれの分野の課題を共有して一緒に解決策を練ったり、講演を聴いたことで自分のビジネスプランのアイデアを根本からブラッシュアップできたり、新しい世界を知ることができて刺激的でしたよ。

ビジネスプランを実現し、紀州ジビエ生産販売企業組合と連携してジビエ加工処理施設「ひなたの杜」を誘致。仕掛けた罠を毎朝確認して食肉に適した個体を厳選し、年間約350頭の害獣を食肉として世に送り出しています。徹底した品質管理から評判は瞬く間に広がり、現在は都内を中心に約50店舗のイタリアンやフレンチのレストランに卸しているそうです。

解体スペースはガラス張り。「県外から料理人が見学に来ることも多いですね」と湯川さん(写真: 黒岩正和)

「ひなたの杜」を拠点として、ジビエ料理の試食会や狩猟体験なども行い、地域の課題かつ資源であるジビエについて学び考えるオープンな機会も積極的に設けています。

さらに、2020年3月、更井さんがついに自身の店をオープン。約50年前に祖父が建てた梅蔵を活用したフランス料理店「Restaurant Caravansarai」です。「日向の杜」のジビエを用いたり、あかね材(虫食い材)の価値を高める「BokuMokuプロジェクト」が手掛けたテーブルを使用したりするなど、塾生とのコラボレーションが随所に垣間見えます。

更井さん 塾では想像以上に考えさせられました。地域の課題は何か? 自分にできることは何か? と移動中や深夜まで考えて、地元の人たちと話し合うようにもなりました。

レストランの名前である“キャラバンサライ”は、ペルシア語で「隊商宿」という意味なんです。砂漠を旅した商人たちのオアシスのような滞在拠点のこと。自然との共生と食育に対する思いも込めながら、地域のオアシスのような場所にしたいと思っています。

洗練された「Restaurant Caravansarai」の店内。奥には梅畑を臨む個室もあります(写真: 黒岩正和)

岡本さん 地域の課題は、厄介で地道で「めんどうくさい」が多い。でも「めんどうくさい」こそビジネスになるし、重たい役を買って出るから地域の人たちも協力的になってくれます。あとは、その「めんどうくさい」にどこまで手を入れるか、周囲がもっと関われる仕組みをどうつくるかです。その答えを見つけることが、僕らの次のテーマです。

現在10人に増えたメンバーのうち、3人がIターン移住者なのだそう。「まだまだ人手が足りません」という岡本さん。今後も縁がある限り雇用を増やし、将来に向けて次世代の人材を育成する環境も整えていく予定です。

仲間に加わりたい方は公式サイトを要チェック! 収穫体験など季節バイトの募集もあります(写真: 黒岩正和)

空き家を活用し、エリアを知る拠点に。
駅前の路地裏に潜むゲストハウス

4組目に訪問したのは、ゲストハウス・シェアハウス・カフェバーから構成される複合施設「the CUE -hoso back yard house-(ザ・キュー)」です。

JR紀伊田辺駅前にある商店街の隙間から路地を奥へ進むと、突如として、庭付きの築約80年の古民家が現れます。空き家だったこの場所を皮切りに地域を盛り上げようと、塾生4名を含む地域の事業者5名が、地主や家主の代わりに不動産の管理を行う家守会社「LLPタモリ舎」を設立。2017年5月に「the CUE」をオープンしています。

今回お話を聞かせてくださったのは、1期生の中村文雄さん。実は中村さんは「ひなたの杜」や「Restaurant Caravansarai」の施工を担当した工務店の2代目でもあります。

終始爽やかな中村さん。「the CUE」がモデルハウスとなり仕事の依頼も増えているそう(写真: 黒岩正和)

中村さん 誘っていただいてタイミングも良かったので受講しました。地域に対する考え方はめっちゃ変わりましたね。参加する以前は地域のことを掘り下げて考えたり、工務店の仕事に関わること以外に注目することってなかったんですけど、塾を介していろんなヒト・モノ・コトに触れたことで物事の見え方が変わって視野も広がりました。

まるでその体験を原点とするかのように、宿泊者・地元住民・地域資源がミックスされることで好循環が生まれる場所をつくろうと、「エンゲージメント(交わり)」をコンセプトに掲げて「the CUE」を運営しています。

1階は定員10名の個室タイプのゲストハウス、2階は3部屋のシェアハウス(写真: 黒岩正和)

宿泊者の約65%が訪日観光客で、そのうち約80%が欧米系の方々なのだとか(写真: 黒岩正和)

中村さん 今後は、まだまだある地域の空き家を活用して一軒家貸し切りの宿もつくって、このエリアに滞在してもらえる人を少しでも増やしていきたいと思っています。

また、「the CUE」から1つ隣の通りには、200軒以上の飲食店が密集する路地「味光路(あじこうじ)」があります。ハシゴ酒に最適でつい飲んだくれてしまうことから、地元では「親不孝通り」との愛称で親しまれるほど。「この最強コンテンツをもっと多くの人に楽しんでほしい」と中村さん。そのために、今年4月からカフェバーをレンタルスペースに業態変更し、宿泊者がエリアを散策して飲み歩きたくなる仕掛けづくりに注力するそうです。

カフェバー、もといレンタルスペース。修了式後の懇親会もここで開催されました(写真: 黒岩正和)

コラボレーションの極み!
十人十色が重なったジビエバーガー

このように「たなべ未来創造塾」をきっかけに、一人ひとりが地域課題を解決する“ローカルイノベーター”となってビジネスプランを実現し、さらに異業種間の多彩なつながりを生かして“実現率65%”に収まらない無数のコラボレーションを生み出しています。

その最たるものとして最後に紹介したいのが、この「ジビエバーガー」。

誕生の経緯はこうです。「株式会社 日向屋」の岡本さんのビジネスプランに込められた思いを聞いて感銘を受けた中村さんが、「the CUE」のカフェバーでそのジビエを提供したいと考え、イタリアンシェフの経験を持つ「CONSERVA」の金丸さんに相談。金丸さんがカフェバーの立ち上げをサポートしてくれたおかげで、ジビエを提供する環境が整います。

そして、Uターン移住したシェフの更井さんにカフェバーの運営をバトンタッチし、更井さんが看板メニューを検討。「焼き立てパンD’oh」の浅賀さんにオリジナルのバンズを依頼し、テリやゴマの具合、原価計算も細かく調整して「ジビエバーガー」が完成したのです。

田辺市産の鹿肉と猪肉によるパティが楽しめる「ジビエバーガー」。3月末まで「the CUE」で味わえます。金丸さんが考案したクラフトコーラと一緒にどうぞ!(写真: 黒岩正和)

「たなべ未来創造塾」の裏の立役者と言っても過言ではない田辺市役所の鍋屋安則さんは、先日の修了式で「地域課題をチャンスに変えましょう」と会場の人々に語りかけました。

鍋屋さん 人口減少に歯止めをかけるポイントは3つです。

がんばっている大人たちの姿を子どもに見せることで将来帰りたくなる故郷にすること。
そんな大人たちの相乗効果が生まれるコミュニティを構築すること。
そして、次世代の人材を育成すること。

この3つを大事にしながら、一人ひとりが持つ強みを連鎖させ、新しいものをつくり出していきましょう。

まさに、この「ジビエバーガー」は、これらのポイントに関わる人々の思いの積み重ねによって生まれた「たなべ未来創造塾」の在り方を象徴するものです。

地域課題という巨大なチャンスに挑むには、長期戦になる覚悟が必要です。そして長期戦にはモチベーションとお金が欠かせません。だからこそ、自分らしい信念を持って、地域の需要にマッチした稼げるビジネスプランを立てることが大切なのではないでしょうか。

この両輪で轍をつくることで、そこから新たな“ローカルイノベーター”が続々と育っていくことでしょう。田辺市は、そんな予感に満ちたまちでした。

(Main Photo: 黒岩正和)

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March 18, 2020 at 04:11AM
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