隣町に、いつの間にか豆花のお店ができていました。
買い物のついでに寄ってみると、商店街の中にひっそりとたたずむ白いお店は、その存在自体が豆花みたい。さっそくテイクアウトして、家でおやつタイムとしました。
豆腐に甘いシロップをかけたデザートが、豆花です。タピオカブームの余波なのか、最近は台湾系の甜品(やはりこの場合、「スイーツ」などではなく「甜品」と書きたいものです)を出すお店が増えてきた印象がありますが、とうとう地元にもそんなお店が登場したのです。
早速、豆花を匙でひとすくい。口に滑り込ませると、豆腐の味とうっすらと甘いシロップが溶けていく。「ああ、このはかなく頼りない甘さこそ、豆花‥‥」と、台湾の風景が蘇ってくるかのようです。
拍子抜けしてしまったふんわりした甘さ
豆花は、台湾のみならず、香港や中国等で食されている甜品のようです。かつては日本に豆花は伝播しておらず、雑誌の台湾特集でその存在を知った私は、「豆花」という名前のかわいらしさも相まって、
「甘い豆腐って、どんな感じなのだろう。‥‥食べてみたい!」
と、激しく思ったもの。
豆花目的で台湾の甜品屋さんに行った時は、ですから私の中で期待がおおいに高まっていました。どれだけ美味しいのだろう。‥‥と一口食べてみると、
「あれ?」
という印象。あまりにもふんわりした甘さなので、「甘いものを食べている」という実感に乏しく、正直言って拍子抜けしてしまったのです。
ぷるぷるしたものに甘いシロップをかけて食べるおやつといえば、日本にもあんみつがあります。全く甘くない寒天にかけるのは、多くの場合、黒糖から作った黒蜜。ぶりぶりとした食感勝負で味はほぼ無い寒天と、とろりと濃厚でコクのある甘さの蜜との対比が、あんみつの魅力です。
ところが豆花は、豆腐とシロップのコントラストが、ほとんど感じられません。聞けばシロップはきび糖で作られているそうなのですが、ほの茶色いシロップは糖度が低くさらさらで、そのかすかな甘味は、豆腐とほとんど融合している。
その時、私は温かい豆花を食べたのですが、温度もまた独特でした。温かい豆腐というと、くつくつと煮えた湯豆腐が想像されますし、また温かくて甘いものといえば、いきなりすすったら舌がやけどしそうなお汁粉が、日本人にはイメージされます。
が、豆花の温かさもまた、「熱々」というよりは、ぬる燗的な温度。するすると口に入っていくその温度と食感は、扁桃腺が真っ赤に腫れている時でも平気で食べられるであろう優しさでした。
目がさめるような美味しさではないけれど
ふーん、こういう食べ物なんだ。‥‥と、私はその時に思っていました。人生初豆花に対して期待が高まっていた分、目がさめるような美味しさを想像していたけれど、全体的に茫洋とした味だったな、と。
ところが翌日になったらまた、私の中に「豆花が食べたい」という欲求が、湧いてきたではありませんか。台湾旅行中ですから、どうしてもガツンとした食事が多くなる中で、胃が求めているのはガツンと甘い甜品ではなく、「よく考えたら、甘いかもしれませんね」くらいの糖度で、柔らかくて、人肌っぽい豆花だったのです。
前日とは違う甜品屋さんに入って、豆花を注文。大きな匙で豆腐をすくい、お碗に層状に重ねてシロップが注がれるというその見た目は、華やかではありません。この時はトッピングをしてみたのですが、それも豆やら芋やら麦やらといった、地味なメンバー。
しかし口に入れてみれば、二度目ということもあって、豆花の味わいがさらに理解できるようになってきました。シロップの甘さが抑えられているのは、豆腐の味を引き立てるためでしょう。トッピング達もそれぞれほのかな甘味なので、素材の味わいが際立っている。
二度目の豆花を味わいながら、私は「豆花って、『いい人』みたいだ」と、思っていました。ものすごく面白いわけでもなければ、美人だったりセンスが良かったりするわけでもない。ただ、とことん優しくて人としてまっとう、という人の存在感と豆花の味わいは、よく似ているのです。
「単なるいい人」として存在し続けることがいかに難しいか
かくして私は豆花ファンとなり、中華圏に行く度に、豆花で一息つくようになりました。そうこうするうちに日本にも豆花屋さんができ、近所でも食べられるようになったのは、嬉しい限り。
初めて豆花を食べた時と比べると、私はずいぶん大人になりました。そして大人になればなるほど、「いい人」の有り難さが身に沁み入るようになっています。若い頃は、
「単なるいい人って、つまらないよね!」
などと口走ったこともありますが、今となっては「単なるいい人」として存在し続けることがいかに難しいかが、わかるようになったのです。
豆花のシンプルで繊細な味を出すにも、きっと苦労は多いことでしょう。しかしそんな苦労を微塵も感じさせず、食べる度にほっとさせてくれる豆花はやっぱり「いい人」みたい。一過性のブームではなく、じわじわ浸透しているところもまた「いい人」ならでは、なのだと思います。
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