
* * * 子供がもりもりとご飯を食べる姿は愛おしい。ついついじっと眺めたくなってしまう。どうしてだろう。 不器用に一生懸命食べるしぐさが健気だからだろうか。それとも生きるエネルギーを感じるからか。 ドラマや映画には、「食べる」という行為を通して様々な感情を伝えるシーンがよくある。 「千と千尋の神隠し」では、ハクに差し出されたおにぎりを食べながら千がポロポロと涙を流すシーンが印象的だ。 知らない世界に迷い込んでずっと張り詰めていた気持ちがどっと溢れ出す千。優しいおにぎりの味が心をふっと癒したのだ。 泣きながら食べる、というシーンを私も何回か演じたことがある。すごく難しかったのを覚えている。 食べるというのは生きることにつながる能動的な行為にみえる。一方、泣く時というのは自分の感情に埋れて立ち止まっている状態だ。 泣きながら食べ物を口に運ぶというのは、立ち止まりそうな自分を前に進めようと鼓舞しているようにみえる。 これを演技でやってみると、食べ物になぐさめられているような感覚でいっそう悲しくなるような、情けないような、ぐちゃぐちゃな感情になる。 「恋人たちの予感」では、メグライアン演じるサリーがカフェでアップルパイを注文するのだが、その際にアップルパイを温めてもらえるならアイスクリームを添えてほしい、冷たいアップルパイであればホイップクリームを添えて欲しいけど、ただし、それはそのクリームがフレッシュなものである場合で、もしも缶のクリームである場合は何も添えないで、と捲し立てて同席していたハリーをびっくりさせる。 サリーの神経質な性格がとっても面白く伝わってくる。 食べ物の選択肢が膨大にある現代では、何をチョイスして何にこだわって食べるか、がその人のひととなりを映し出す。個性になる。 「孤独のグルメ」では、一つ一つの食材と対話しながら、じっくりと味わって食べる主人公の食べる喜び、幸せが伝わってくる。 食べることがとてもエロティックに描かれることもあるし、とても卑しい行為として描かれることもある。
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