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Friday, March 3, 2023

わかっていても、不健康な習慣を変えられない「2つの理由」とは? - ダイヤモンド・オンライン

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健康法を知っているだけでは健康にはなれません。本当に正しいとされている健康法を、きちんと行動に移し、毎日無理なく続けるためには技術が必要です。本連載の「健康になる技術」とは、健康でいるために必要なことを実践するスキルです。簡単に言うと、健康になるために「What(何)」を「How(どのように)」行ったら良いのか、自分の環境や特性(弱点・強み)に合わせて実践する技術のこと。本連載では、話題の著書健康になる技術 大全の著者、林英恵が「食事」「運動」「習慣」「ストレス」「睡眠」「感情」「認知」のテーマで、現在の最新のエビデンスに基づいた健康に関する情報を集め、最新の健康になるための技術をまとめていきます。何をしたら良いのかはもちろんのこと、健康のための習慣づくりに欠かせない考え方や、悪習慣を断ち切るためのコツ、健康習慣をスムーズに身につけるための感情との付き合い方などを、行動科学やヘルスコミュニケーションのエビデンスに基づいて、丁寧にご紹介していきます。今回は、「わかっていても、健康的な習慣に変えられない「2つの理由」とは?」についてです。(写真/榊智朗)
監修:イチローカワチ(ハーバード公衆衛生大学院教授 元学部長)

わかっていても、不健康な習慣を変えられない「2つの理由」とは?Photo: Adobe Stock

習慣を変えられないのは、
怠け者だからでも意志が弱いからでもない

 健康のために生活習慣を変えることが難しい理由があります。それは、みなさんの選択を知らずしらずのうちに左右する「環境」の影響に加え、健康的な習慣が持つ「行動としての特性」があるためです。

 行動科学や行動経済学、心理学などの学問で色々な研究が続けられています。これが、人間の悲しい性にすっぽりはまってしまうものばかりなのです。習慣を変えにくい理由として代表的なものを2つ紹介します。

人は基本的に現状(デフォルト)を変えることを好まない

 これを専門的な言葉で現状維持バイアス(status quo bias・ステータス クオ バイアス)といいます。「ステータス クオ」は、ラテン語で「現状・そのままの状態」という意味です。

 人は現状を変えることを好まず、たとえ変えることが明らかに良いとわかっていても「変える=失う」と感じる生きものです。何かを変えることで得る利益より、失うことの可能性を大きいと感じ、それを避けようとする心理作用があります。

 これにはいくつか理由が挙げられます。まず、そのままでいるよりも、何かを変える方が手間を要すること。また、努力まで必要ないにしても、変えることに対してなんらかの理由づけが必要になること(つまり相応の理由がないと変えようと思わない)。そして、今の目の前の状態(初期設定の状態であるデフォルト)を良いものだと認識しやすいからです(*1)。

 例えば人は、日頃、レストランで出される食事の量が多いと感じていても、実際に目の前に多いと思っている量の食事を出されると、その場ではなかなか量を変えることができません(*2)。

 このバイアスの厄介なところは、変えたくないという意識が働くだけではなく、現状に自分を合わせてしまうこと。目の前の状態を良いものと認識し、行動を合わせてしまうのです。

 つまり、この場合、多いと思っていても食べてしまうのです。過去に、大きなボトルやお皿を出されると、それに合わせて多く食べるという実験結果が得られました(*3,4)。アメリカでは、お皿のサイズが1990年代に比べて、約23%も大きくなっています(*5,6)。お皿や飲み物の容器が大きくなるのに伴って、食べる食べ物・飲み物の量も必然的に増えました。これが肥満を作り出す1つの理由だといわれています(*7)。

 以前、日本に来たハーバード大学の公衆衛生の教授らが、相次いで日本の食文化を絶賛していました。食べ物はもちろんですが、食べ方が素晴らしい! と。

 アメリカの大皿に比べて、小さな茶碗にご飯を盛りつけ、おかわりをするのに、わざわざ声をかけなければいけないという日本の食文化は、まさに行動経済学を応用して自然に食べすぎを防いでいるのではないかという仮説で盛り上がりました。彼らにはとても新鮮だったようです。

 ちなみに、現状維持バイアスは、何かに心をとらわれている時、特に起こりやすいことも知られています(*1)。例えば、仕事で忙しすぎて、何をするにも心ここに在らずの時や、テレビや携帯電話を見ながら、食べたり飲んだりしている時などです。このような時は、いつもしていることに重きが置かれるため、新しい健康的な習慣を身につけようと思っても難しいでしょう。

遠くのご褒美より近くの喜びを選ぶ

 誰もが感じたことがあると思いますが、体に良い習慣は、目に見える効果が表れるのに時間がかかります。一方で、大体の健康に悪い習慣が、一瞬・一時の刺激や快感、喜びを与えてくれるものです。

 人は、往々にして遠い先の未来の良いことよりも、今すぐの喜びに圧倒されます。これを専門用語で現在志向バイアス(present-biased preferences・プレゼント バイアスド プレファレンス)といいます。遠い未来の「ご褒美」よりも、今すぐの決断に重きをおく人間の習性があります。

 このまま飲みすぎていると健康によくない、そして、飲みすぎを今日にもやめることが健康に大事とわかっていても、今夜飲みたいという感情が我慢する気持ちを上回ってしまうのです。

 飲み続けてしまう人たちは、決して健康のことを考えていないわけではありません。将来自分が得られる利益(=健康)のことはわかっています。それでも、目の前の選択を前にしてしまうと、遠くのことは考えられなくなってしまうのです。結果、まるで今の決断をする自分と、将来を考える自分の2人が存在するような気分になります。

 お酒の例を出しましたが、これは健康に関する習慣のほとんどすべてに、当てはまります。たばこ、甘いもの、ジャンクフード、塩分のとりすぎ、ドラッグ、ダイエット、安全ではないセックス、就寝前のスマホいじりなど、誰もが何らか一度は経験したことがあるのではないでしょうか。感染症対策で自粛しなければならない時でも、リスクがありながらも今日の「会食」を優先するのも、この影響があります。

 厄介なことに、「今ここ」に重きを置く習性は、空腹や喉の渇き、セックスへの欲望、痛みなど本能的に感情をゆさぶられることがあると、強化されます。冷静な時よりも「今すぐ自分の欲求をなんとかしなければならない!」と感じ、ますます将来のことはさておき、今目の前にある魅力的なことをとっさに選んでしまうのです(*8)。

 また、何かにとらわれている時、人の認知機能は極端に下がることが明らかになっています(*8)。英語では、こういう状態のことを「(心が)~にハイジャックされた(I was hijacked by ~)」と表現します。

 まさに、私たち自身が何者かに乗っ取られたように、冷静な判断ができなくなります。ストレスでイライラしている時にたばこの誘惑に負けてしまったり、夏の暑い日にビールをがぶ飲みしてしまったり、お腹が空いている時にジャンクフードを買いすぎることは、よくある話です。これも、ごくごく自然な「エビデンス通り」の人間の習性です。

 こんな話をすると、ほぼほぼ、自分の力で生活習慣を変えることは難しいのでは? と思うかもしれません(今まで難しくてできなかったからこそ、この本にたどり着かれたのだと思います!)。

 確かに、今まで通りのやり方では、難しいかもしれません。なぜなら、うまくいかないことを裏づけする過去のデータやエビデンスがあるからです。言葉を変えると、みなさんが失敗するのは当たり前だともいえるのです。

 でも、がっかりしなくて大丈夫です。科学はそこまで冷たくありません。研究者たちは人が健康になるためにどうしたら良いのかを日々考え、解決しようとしています。つまり、どのようにしたら健康のために習慣を変えられるのかに対してもまた「エビデンス」があります。それが、この本で私が紹介していく「健康になる技術」です。

 なんとなく自己流でやって、気づいたら「失敗の」エビデンスにはまってしまっていた、という方。今度は、成功するエビデンスにかけてみませんか?

【参考文献】

*1 Roberto CA, Kawachi I. Behavioral economics and public health. Oxford, U.K.: Oxford University Press; 2015.
*2 Schwartz J, Riis J, Elbel B, Ariely D. Inviting consumers to downsize fast-food portions significantly reduces calorie consumption. Health Aff(Millwood). 2012;31(2):399-407.
*3 Wansink B, Kim J. Bad popcorn in big buckets: portion size can influence intake as much as taste. J Nutr Educ Behav. 2005;37(5):242-5.
*4 Wansink B, Ittersum Kv, Painter JE. Ice cream illusions bowls, spoons, and self-served portion sizes. Am J Prev Med. 2006;31(3):240-3.
*5 Arumugam N. How size and color of plates and tablecloths trick us into eating too much. Forbes; 2012 [cited 2021 Dec 12]. Available from: https://ift.tt/CecEPpT.
*6 Leonhardt D. Your plate is bigger than your stomach. The New York Times; 2007. [cited 2021 Dec 12]. Available from: https://ift.tt/IwNBDUM.
*7 Young LR, Nestle M. The contribution of expanding portion sizes to the US obesity epidemic. Am J Public Health. 2002;92(2):246-9.
*8 Mullainathan S, Shafir E. Scarcity: why having too little means so much. New York, N.Y.: Times Books; 2013-09-12.

(本原稿は、林英恵著『健康になる技術 大全』から一部抜粋・修正して構成したものです)

わかっていても、不健康な習慣を変えられない「2つの理由」とは?林 英恵(はやし・はなえ)
パブリックヘルスストラテジスト・公衆衛生学者(行動科学・ヘルスコミュニケーション・社会疫学)、Down to Earth 株式会社代表取締役、慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート特任准教授、東京大学・東京医科歯科大学非常勤講師
1979年千葉県生まれ。2004年早稲田大学社会科学部卒業、2006年ボストン大学教育大学院修士課程修了、2012年ハーバード大学公衆衛生大学院修士課程を経て、2016年同大学院社会行動科学部にて博士号取得(Doctor of Science:科学博士・同学部の博士号取得は日本人女性初)。専門は、行動科学・ヘルスコミュニケーション、および社会疫学。一人でも多くの人が与えられた寿命を幸せに全うできる社会を作ることが使命。様々な国で健康づくりに携わる中で、多くの人たちが、健康法は知っていても習慣づける方法を知らないため、やめたい悪習慣をたちきり、身につけたい健康法を実践することができないことを痛感する。長きにわたって頼りになる「健康習慣の身につけ方」を科学的に説いた日本人向けの本を書きたいと思い、『健康になる技術 大全」を執筆した。
2007年から2020年まで、外資系広告会社であるマッキャンヘルスで戦略プランナーとして本社ニューヨーク・ロンドン・東京にて勤務。ニューヨークでの勤務中に博士号を取得。東京ではパブリックヘルス部門を立ち上げ、マッキャンパブリックヘルス・アジアパシフィックディレクターとして勤務後、独立。2020年、Down to Earth(ダウン トゥー アース)株式会社を設立。社名は英語で「実践的な、親しみやすい」という意味で、学問と実践の世界を繋ぐことを意図している。現在は、国際機関や国、自治体、企業などに対し、健康に関する戦略・事業開発、コンサルティングを行い、学術研究なども行っている。加えて、個人の行動変容をサポートするためのライフスタイルブランドの設立準備中。2018年、アメリカのジョン・ロックフェラー3世が設立したアジアソサエティ(本部・ニューヨーク)が選ぶ、アジア太平洋地域のヤングリーダー“Asia 21 Young Leaders”に選出。また、2020年、アメリカのアイゼンハワー元大統領によるアイゼンハワー財団(本部・フィラデルフィア)が手がける、世界の女性リーダー“Global Women’s Leadership Fellow”に唯一の日本人として選ばれる。両組織において、現在もフェローとして国際的な活動を続ける。
『命の格差は止められるか ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業』(小学館)をプロデュース。著書に、『健康になる技術 大全」(ダイヤモンド社)、『それでもあきらめない ハーバードが私に教えてくれたこと』(あさ出版)がある。
https://hanahayashi.com/

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