昨年5月にハッシュタグ「#Swedengate」(スウェーデンゲート)がSNSで話題になった。ツイッターではトレンドワードのトップになり、TikTokでは経験談の投稿が相次いだ。“八方美人”と言われるスウェーデン人にとっては、あまり知られたくない「スキャンダル」だったが、予想外の盛り上がりに文化の違いを面白がる人も多かった。
その内容はこうだ。スウェーデンでは友達の家に遊びに行ったとき、夕飯の時間になると友達が食べ終わるまで部屋で待たされるというのだ。家族や友人とオープンに食事する文化で育った人たちから見ると、驚きだ。せめて「一緒に食べる?」と聞くのが礼儀ではないかとも思うが、誘われないのだという。アレルギーへの配慮か、それとも倹約家なのかなど、疑惑は深まるばかりだ。
スウェーデンゲートとは
スウェーデンゲートは、インターネット掲示板に投稿された「他人の家に遊びに行ったとき、文化や宗教の違いで一番変だと感じたことは何?」という質問が発端だった。世界中から回答が集まる中、ある人が「スウェーデン人の友達の家に遊びに行った時のことを思い出す。彼の部屋で遊んでいると、彼のお母さんが、夕飯ができたと叫んだ。それでなんと、彼は私に、食べてくるから部屋で待っててと言ったんだ。それは絶対におかしいよね」と投稿した。
これに対して、「いや、スウェーデンでもそのような場面は一般的ではない」という反論や、「昔はそうだったが今は違う」という返信があったが、「北欧ではよく経験すること」という意見も多かった。
ニューヨークタイムズ紙は「スウェーデンの世界的な完璧さのイメージと内部の問題の断絶が、スウェーデンゲートをエスカレートさせた」と論じた。「スウェーデン人はミニマリストのガラスの部屋で食事をし、他の人はそれを見守り、家の中に招待されたとしても席は用意されない」という比喩を用いて、外国人嫌悪や文化的脆弱(ぜいじゃく)さといった課題を皮肉った。
フィーカ(コーヒータイム)を大切にする国がどうしてこんなことをするのか。実はこのトピックは2011年、14年、21年と、繰り返し話題になっている。しかし、今回のSNS上での「炎上」を受けて、主要メディアもその謎の解明に乗り出した。
貧しかったスウェーデン
北の外れにあるスウェーデンは、かつては貧しい農業国だった。貧困と飢饉から、第1次世界大戦前後には約100万人が米国に渡った。当時の人口の約4分の1にも相当する。スウェーデン人は“ケチ”だと言われることがあるが、スウェーデンゲートはゲストに食事を提供するほどの余裕がない時代にできた習慣の名残だという説がある。
食の歴史を研究するリカルド・テルストローム氏は、歴史的な変化を説明する。かつては多くの家庭でスウェーデンゲートのような習慣があったが、おそらく90年代に大陸的な振る舞いが各家庭に取り入れられ、習慣が変化していったのではないかという。豊かになり、EUに加盟し、大量の食料品が輸入されるようになったことで、「食べ物はいくらでもあるから、誰でも食べて行って」と言えるようになったのだろう。
若い世代はどう考えるか
スウェーデン人は一般的に、他人の世話になりたくないという考えが強い。今の子育て世代からすると、よその家で子供がご馳走になると、負担を掛けて申し訳ないと感じる人もいる。また、次はお返しに自分の家に招き、ご馳走しなければならないと負担に感じる人もいる。中には「自分が他人の世話になりたくないように、相手も他人の世話になりたくないだろうから、施しのように受け取られかねない行為は避けている」という意見もあった。
このような感情は複雑だ。子供たちの交友関係にいちいちこうした貸し借りを持ち出すのは煩わしいので、よその子に食べ物を出さない、よその家で食べない、という暗黙のルールは都合がいいという気持ちもあるかもしれない。
最近では食物アレルギーや宗教上の配慮に加えて、食に対する家庭の方針もあるので、トラブルを避けたいという思いが先に立つこともある。結果、子供の友達が家に遊びに来ても、おやつを出したりはせず、「子供は子供の世界で」と放っておく、という対応になる。なお、子供たちが遊んでいる間、親同士はフィーカをすることもある。
廃れゆく習慣なのか
息子の友達やその親にスウェーデンゲートのことを尋ねると、多くの親が「聞いたことはあるけれど、自分は経験したことがない」と否定した。夕飯時より前に帰ることが多いというのもあるが、夕飯に誘われることもあるという。ネットで話題になるほどには、典型的な習慣ではなくなってきているのかもしれない。
ある親は子供に、よその家でおやつが出ても手を付けないように言っているという。平日は甘いものを控えているからだという。スウェーデンでは「土曜お菓子の日」というフレーズがあって、平日や日曜日は甘いものを食べさせない家庭が多い。そのため、金曜日の夕方になるとスーパーにあるグミの量り売りに子供たちの行列ができる。
別の親はお邪魔した家のルールに従うように言っているという。家では平日は甘いものを食べさせないようにしているし、友達が遊びに来た時もおやつは出さないが、外国ルーツの家庭も多くなり、さまざまな習慣が交じり合っている中で、友達の家で子供たちが気まずい思いをするのも避けたいということで、ケースバイケースの対応になったという。
多くの親に質問したが、スウェーデンゲートの実体験を聞くことはできなかった。世界が驚くスウェーデンゲートも、次第に薄れていくとすれば、少し寂しい。
(林寛平=はやし・かんぺい 信州大学大学院教育学研究科准教授、ウプサラ大学客員研究員。専門は比較教育学、教育行政学)
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