糖分のとり過ぎがよくないことは誰でも知っている。体重増加、肥満症、2型糖尿病、心臓病につながる恐れがあるからだ。しかし、砂糖を避けて暮らすことは至難の業だ。米国のスーパーマーケットで売られている加工食品の4分の3は、製造や調理の過程で糖分が加えられている。例えばヨーグルトのように、体にいいと消費者が思い込んでいる食品でさえ、砂糖がたっぷり入っていることは珍しくない。平均的な大人の米国人は、推奨される量の2~3倍もの糖分を毎日摂取しているという。
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食習慣を変えることは難しい。フードテックのスタートアップであるZyaは、このことを理解したうえでひとつの解決策を見いだした。砂糖を含んだ食品を、おいしさを損なうことなくヘルシーな食べ物に変えるというのだ。2024年2月、ロンドンに拠点を置くZyaは、糖分を食物繊維に転換する酵素を開発したと明かした。摂取後の糖分を、人体の消化器官内で食物繊維に変えてしまう酵素なのだという。
「食物を摂取する人体の働きを、酵素の力で変えてみたいのです」と、Zyaの共同創業者で現CEO(最高経営責任者)のジョシュア・サウアーは言う。
「食品を製造段階から改善したい」
酵素は生物学的触媒として化学反応を促進する。人間の体内では食べ物を消化する特定の酵素がつくられるが、こうした酵素を十分に分泌できず、サプリメントを使ってこの働きを補う人々もいる。例えば、乳糖不耐症の人のための錠剤「ラクトエイド」には、乳糖の分解を助けるラクターゼという酵素が含まれている。また、腹部の張りを抑える「ビーノ」には、消化管内のガスを減らす天然由来の酵素が配合されている。
しかし、Zyaが目指すのはサプリメントの販売ではない。食品メーカー各社に興味をもってもらい、シリアルや甘いスナック菓子のような食品に自社の酵素を成分として加えてほしいと考えているのだ。「食品を製造段階から改善したいのです」とサウアーは言う。
糖分子は炭水化物で、体内で分解される。そこで生み出されたブドウ糖(グルコース)は人体の細胞や組織、臓器の主なエネルギー源となる。果物がもつ天然の糖には、食物繊維やそのほかの栄養素が含まれている。しかし、甘い飲み物やデザートに添加されている糖には、これらの栄養素が含まれておらず、それは必ずしも体が必要としているものではない。糖を摂りすぎると血糖値が上昇するのは、人体がすぐさま必要とするエネルギー量以上にブドウ糖を摂っているからだ。また、糖の取りすぎは、血圧の上昇や慢性的な炎症の悪化を招く恐れもある。
人体に必要なのは、野菜や未精白の穀物、豆類に含まれる食物繊維だ。食物繊維には便通を整え、血中コレステロール値や血糖値を下げる効果がある。1日の摂取量として推奨される30gの食物繊維を日常的に摂取している米国人は、全体のわずか5%程度だという。
Zyaが開発中の酵素は「イヌロスクラーゼ」と呼ばれる系統に属し、人体のマイクロバイオーム(微生物叢)に存在する細菌株から自然発生的に生成される。腸内で糖を食物繊維に変えるこの酵素は、糖が分解されて体内に吸収される前に作用する。そして糖の分子は、イヌリンというチコリの根などの植物に含まれる、水溶性食物繊維の一種と同じ配列に並べ替えられるのだという。イヌリンは、腸内の善玉菌の成長を助ける効果がある。
実験では30%が食物繊維に転換
人間の腸内ではこの酵素の発現が十分な量に達しないため、Zyaは生産の拡大に加え、酵素そのものに修正を加えることで消化管内における安定性と機能性の向上を図っているという。
研究段階では、この酵素を添加した砂糖を人間の消化管モデルに挿入する室内実験のほか、もともとこの酵素を含んでいる食品を使った同様の実験も行なわれた。その結果、この酵素の働きにより、糖分の最大30%が食物繊維に転換されたという。同時に、この酵素を混ぜ込んだ餌を、人間と似た構造の消化管をもつブタに与える実験も行なわれた。
Zyaの研究チームが「カニューレ(挿管)」と呼ばれる細い管を使ってブタの小腸からサンプルを採取したところ、この酵素を含まない餌を食べたブタに比べ、「糖から食物繊維への非常に顕著な転化」が認められたとサウアーは言う。ただし、その正確な量を測定するため、Zyaはさらに実験を続けるという。また、同社は人間を対象とする実験も計画している。
これまでのところ、Zyaは22年にAstanor Venturesから、続いて23年にBetter Venturesからと、過去2回の調達ラウンドで合計410万ポンド(約7億8,000万円)のベンチャー資金調達に成功している。
サウアーは「Convero」と名付けたこの製品を26年中に米国で販売したいと考えている。当面はドライ食品の原料としての採用を目指すが、すでに複数の食品メーカーが関心を示しているという。しかしZyaとしては、何よりもまずConveroに対する米食品医薬品局(FDA)の認可を取得しなければならない。
ワシントンD.C.を拠点とする非営利の公衆衛生研究機関Institute for the Advancement of Food and Nutrition Sciences(IAFNS:食品栄養科学振興協会)の事務局長を務めるウェンデリン・ジョーンズは、酵素は食品に求められる栄養成分表示の対象ではないので、酵素製品を開発中の企業は、酵素を含む食品の名称や原料としての表示方法について、食品の規制に詳しい専門家の協力を得ながら決めていく必要があるだろうと語る。
「この製品はやがて研究室を出て消費者の食卓に上るでしょう。Zyaはどんな名目でこの商品を売りたいのかを明確にしておく必要があります」とジョーンズは言う。例えば、自社の酵素がもつ保健機能を強調したいなら、その根拠となるデータをFDAに提示しなければならない。
肥満の特効薬にはならない
この種の技術開発に取り組んでいるのはZyaだけではない。マカロニ&チーズや調味料シリーズで知られるクラフト・ハインツは、類似の酵素をハーバード大学のヴィース研究所と共同開発している。
食品科学に特化したコンサルティング会社Think Healthy GroupのCEOであるテイラー・ウォレスは、この種の酵素に大きな将来性を感じている。「素晴らしい発想だと思います」と彼は言う。「クッキーを食べるなと言っても無理な話です。ほどほどに、と助言することは可能でしょうが、食事法については80年代初頭から同じような指導が続けられているのに、状況は何ひとつ変わっていません。それどころか、太った人や不健康な人はますます増えています」
ブタを使って実験を開始したことは賢明だが、動物実験の結果が人間に当てはまるとは限らないとウォレスは指摘する。
彼は、どれかひとつの製品が特効薬となって肥満の問題を解決できるとは思っていない。それでも、人々を健康に近づけてくれる多くの技術のひとつとして、Zyaの酵素を有望視している。
食物、栄養、食事療法、健康を専門とするカンザス州立大学教授のマーク・ハウブも同じ意見だ。「この技術は、食べ物の選択肢を拡げてくれる実用的な手段となるでしょう」と彼は言う。「普段どおりの食事を健康的な行為に変える方法があるなら、それは素晴らしいことです」
(WIRED US/Translation by Mitsuko Saeki/Edit by Mamiko Nakano)
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