「利益が悪徳だというのは,社会主義的な考え方である。
私は損失こそが悪徳だと考える」
(It is a socialist idea that making profits is a vice.
I consider the real vice is making losses.)
イギリスの第61・63代首相であるウィストン・チャーチルは,こう述べました。ただ実際のところ,“創造”を要する業界において,拝金主義や守銭奴的な思想がもたらす弊害というのは少なくありません。商売人が「創造者よ立ち上がれ! この金を生む業界は我々の為にあるのだ」や「これからは視野を広く,ライトユーザーを中心としたゲーム作りが必要なのだよ」となったら,創造者は「この最悪の市場を見てみろ,これが自業自得の現状なんだよ」や「ゲームそのものが楽しいと思っていた頃の感覚はなくなってしまった」となり,ゲームは「わたしのこと,愛してる?」と言って大爆発です。セガサターン版「レイディアントシルバーガン」の裏メッセージ的なやつです。
欲をかき過ぎると創造性は破綻しますが,しかしビデオゲームが産業として成立しているのも資本主義・自由経済の社会で価値があるからこそ。旧作だって「復古すれば売れる」からこそ現行機に移植されますし,逆に権利関係に問題があって現行機移植が難しいタイトルなどは,刻一刻と風化していっています。「悪徳が利益を生む」のは残念ながら確かなものの,「利益は悪徳である」とまで言い出したらビデオゲーム事業,ひいては娯楽産業というもの自体が成り立たないわけです。
そして,資本主義社会で経済流動性を刺激すべく度々行われるのがセールです。例えば今はSteamサマーセールが開催中ですので,皆さんも今後インストールするのかすら怪しいタイトルをジャンジャンバリバリジャンバラヤとSteamライブラリにブチこんでいることでしょう(筆者は今のところ40本増えました)。
少し遡って6月21〜22日には,Amazon.co.jpで大規模セール「プライムデー」が行われていました。
今年のプライムデーでは「PCエンジン mini」や「アストロシティミニ」などが安かったりしました。それはさておき筆者が見かけてマッハで衝動買いしたのがコレです。
そう。香港・Gstone Groupが発売し,国内ではGANTAKUが販売している「MVSX HOME ARCADE クラシック レトロアーケード」(国内向け商品名。以下,MVSX)が,通常価格5万4780円のところ3万400円(税込)だったのです。
NEO・GEOと言えば,AES(家庭用)ROM版タイトルの価格が高いこと知られています。「メタルスラッグ3」が定価3万5200円(税抜) ,同じく「ザ・キング・オブ・ファイターズ2000」が定価4万1800円(税抜),もちろんAES本体は別売りです。それが本体・ソフト50本・ディスプレイ・スピーカー込みで3万400円! しかも家庭用があるソフトはMVS / AESを両収録とのことで,実機ROM換算で見積もると,ざっくり200万円以上の価値があると言えます。つまり「MVSX」を買うということは200万円ぐらい儲けたということです。ということじゃないですか。さんすうとかけーざいとか的に考えると,ということじゃなくなくもなくないですか?
ただ,いくら筐体が立派でも,収録タイトルがたくさんあっても,処理落ちガックガクの操作遅延バッキバキだったら話にならないメッタメタです。実際のところ,どうなのでしょうか――そんなわけで,今回は「MVSX」でやっていきましょう。なお,本稿ではSNK HISTORYに倣い,固有名詞に関するもの以外は“ネオジオ”を「NEO・GEO」と表記します。
19.2キロショック!
というわけで,自宅に届いたデカい箱を編集部に持ってきました。重かったです。
外箱の表記によると,梱包状態での総重量は19.2kgで,本体の重量は13.4kg。本体だけなら,だいたいPS5(本体のみで4.5kg)3台分ですね。また,梱包状態での寸法は593(W)×493(D)×747(H)mm。小柄な人だったら潜入工作任務に利用できそうです。
アーケード筐体を少し小さめの寸法で再現した製品と言えば「Arcade1UP」もありますが,あちらが組み立て式なのに対し,「MVSX」は組み立て済みです。梱包を解いたら,ACアダプターを接続して背面の電源ボタンを押すだけで,すぐにゲームをプレイできます。
「NEOGEO mini」および「NEOGEO アーケードスティック Pro」とナコルル人形を並べてみるとこんな感じ |
「MVSX」に「NEOGEO mini」を置いてみるとこんな感じ |
8ギガショック!
とりあえず起動させてみましょう。先述の通り収録タイトルは50本で,それが
- 「King of Fighiters Collction」
- 「Metal Slug Collection」
- 「Samurai Shodown Collection」
- 「Fatal Fury Collection」
- 「World Heroes&Art of Fighting Collcetion」
- 「Classic Collection V.1」
- 「Sports Classic Collection」
といった7項目に分類されています。
UIは日本語に切り替えられますが,ゲームのリージョン自体は海外版です。一部AESタイトルはゲーム内で日本語に切替可能となっていて,Amazon.co.jp販売ページのユーザーレビューで詳しく書かれている方がいるので,気になる場合はチェックしてみてください(まるっと転載するのもできかねますので)。筆者が個人的に気になっていたのが「メタルスラッグ」シリーズの出血表現なのですが,これはMVSモードの設定メニューから「暴力」のON/OFFで血液の赤/白を切り替えられます。
音はなかなか良い感じです。コンパネがビリビリくるくらいの出力がありますし,いわゆる“箱鳴り”の効果でしょうか,YM2610のサウンドが(もちろんエミュレートですが)割と幸せな感じで響きます。
レバーは海外で主流のナス型ボールが付いていますので,日本人的に違和感があることは否めません。また,ボタンは戻りが遅くて中央が凹んでいるタイプ。連打が必要なゲームには不向きです。
そんな感じでザッと見ましたので,分解してみましょう。定番の注意事項ですが,分解するとメーカーや販売元の保証対象外となる可能性がありますので,真似する場合は自己責任でお願いします。
背面のネジを5本外して蓋を開けてみると,ディスプレイの裏に配線の集中しているポイントが。メイン基板はここですね。
金属部材の加工精度が芳しくないせいで斜めに刺さっているネジ2本を外すと,予想通りメイン基板が出てきました。CPUは中国製のタブレットPCでよく使われているActions Semiconductorの「ATM7051H」で,これは「NEOGEO Arcade Stick Pro」にも採用されています。ちなみに「NEOGEO mini」のCPUは同社製「ATM7013」です。
そのほか,基板上にはSamsung製の8GBフラッシュメモリ「KLM8G1GETF」や,同じくサムソン製の2GB DDR3メモリ「K4B2G1646F」などを確認できました。NEO・GEOのソフトが都合100本近くあって,今だとこんな小さいチップにデータが収まっちゃうんですねえ。かつての100メガ(ビット)ショックが,違う方向性で8ギガ(バイト)ショックです。
ただ,コンパネは背面からだとアクセスできません。よく見ると,コンパネは横からネジ止めされているようですね。本体側面には赤いネジ穴カバーが埋め込まれています。接着されてはいないので,小型のマイナスドライバーなどを縁から差し込めば簡単に外せます。多少表面塗装が削れたりしますが,ネジ穴カバーを戻せば見えなくなる部分なので,まあ問題ないでしょう。
このバラしの前日,交換用のレバーって今あったっけ……適当なアケコンから捥ぐか……などと思いつつ自宅を物色していたのですが,そういえば買っていましたセイミツ工業の「LS-32-01 40thアニバーサリーモデル」。長きにわたりゲーム業界を支えてくださっているセイミツ工業さんの力をちょっとお借りしてみましょう。そして創業40周年おめでとうございます。
……と思っていたのですが,「MVSX」のコンパネを開けてみた段階で残念なことに気付きました。レバーのマイクロスイッチに配線が直接ハンダ付けされているのです。これはレバーの付け替えがしんどい。それでもレバー交換自体が可能かどうかを検証しようとしたのですが,スピーカーのドライバーユニットが,ものごっつい邪魔です。マジ邪魔です。ネジを回そうにも,ドライバー(音を鳴らすほう)ユニットのせいで直上からドライバー(ネジを回すほう)を差し込むことができません。
ハンダ付けされた絶望のマイクロスイッチ |
ドライバーの侵入を拒むかのごときスピーカーのドライバーユニット |
そして「MVSX」標準のレバー部品を外しても,「LS-32-01 40thアニバーサリーモデル」は立派なベースが付いていますので,ドライバーユニットと物理的に干渉してはめ込めません。「MVSX」標準のパーツはアーケード筐体向けのものをそのまま使っているので,ネジ位置の規格的には「LS-32-01 40thアニバーサリーモデル」も適合しそうなのですが,装着にはスピーカーも外さないと……。
うーん,面倒臭いので標準のパーツを戻します。
リメンバー100メガショック!
ここまでに具体的に褒めたところが音ぐらいで,それを出しているスピーカーが邪魔だとまで言っていますが,動作自体は悪くありません。
筆者の大好きな「メタルスラッグ」シリーズに関しては「まあ正直,このボタンが連射しにくい形状のうえに押し心地が固くて,しかも連射装置やソフト連射も無いってなると,とくに『メタルスラッグX』5面の電車は相手したくないよね……」となりますが,連打の要らない格ゲーだと割と遊べます(ただハイデルンは厳しいかもしれません)。ステートセーブも1タイトルごとに4スロットが備わっています。
難はありますが,「アーケード版を収録する」と予告していたのに実際の収録作がNES版だったためユーザーともライセンス元とも衝突したAtGamesの「Bandai Namco Flashback Blast!」みたいに致命的なものではありませんし,これを可と見るか不可と見るかは,「どこまで割り切れるか」の問題でしょう。筆者的には,この「AES用ROMを1本買うより安い価格で,NEO・GEOソフトがステキな筐体に50本!」は,「どっちかっつうとアリ寄りのアリ」です。ネオジオフリーク(芸文社)的な人ならば,買って損はないはずです。
ただサイズ的にも価格的にも,多少は生活を犠牲にしなければ購入が難しいのは確かです。一般的なご家庭で,「2,30年前のゲームが50本入った13.4kgのマシンが3〜5万円なんだよ!」と言ってご家族の理解を得ることは困難でしょう。まして職場に持っていってはいけません。
チャーチルは「“何が本当に自分の利益であるか”を知ることは容易ではない」とも述べました。「MVSX」は脳味噌100メガショック野郎なら欲しくなる代物ですが,栃木県の田舎で園芸を嗜みながら年金暮らしを送り,触るデジタル家電は炊飯器とテレビくらいだというお婆ちゃんの家に「MVSX」があったところで邪魔になるだけです。全然関係ありませんが,筆者はチャーチルの発言の中では「今は終わりではない。これは終わりの始まりですらない。あるいは,始まりの終わりかもしれない」が,何だか勢いがあって好きです。
お求めやすいのは,やっぱりハムスターから発売されている「アケアカNEOGEO」シリーズ。PC / PS4 / Nintendo Switch / Xbox OneおよびPS5 / Xbox Series Xの後方互換機能でプレイできますし,1本838円(PC / Xboxプラットフォーム版は840円。各税込)で購入できます。50本買っても4万1900円なので「MVSX」の定価より安い! ゲーム機は別売りだけど他のゲームにも使えるし! デジタルだから場所も取らないし! ソフト連射も付いてるし! まあ筆者はホリの「グリップコントローラー for Nintendo Switch」に搭載されてるハード連射を使ってるけど!
そんな「アケアカNEOGEO」に触れたりしたうえで,やっぱり「MVSX」が欲しい……となったのなら,“本当に自分の利益”たるものは「MVSX」しか無いということでしょう。プライムデーは終わりましたが,Amazon.co.jpでは11%オフで販売中ですし,「MVSX」の公式サイトからも購入可能です(日本への出荷対応が明記されています)。月の夜にオロチの血が疼くがごとくNEO・GEO熱が猛って仕方がなければ……比較的高価で場所を取るマシンを,買っちゃえ?
からの記事と詳細 ( レトロンバーガー Order 65:NEO・GEOタイトルを50本収録の「MVSX」が24.3キロ円引きショックだったんだ編 - 4Gamer.net )
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