聖地へとまっすぐつづく道を歩く。武蔵一宮・氷川神社に延びる氷川参道。埼玉・大宮の中心街を貫く緑の道だ。沿道に立ち並ぶ650本ものケヤキ。樹下を1本1本と過ぎるたび、心が清冽(せいれつ)に、おだやかになっていく。
見上げるほど大きな二の鳥居の向かい。旧大宮図書館をリノベした集合施設「Bibli」内に4月、「kico」がオープンした。ディレクションは埼玉県幸手市「cimai」の大久保真紀子さんと三浦有紀子さん。発酵種でパンを作る姉の大久保さん、パン酵母(イースト)で作る三浦さん。二つの音が響きあって、ひとつの澄み切った和音を奏でている、そんな印象の店だ。
kico=樹粉。葉を茂らせ、のびのび枝を伸ばすケヤキの列がインスピレーションを与えたのだと三浦さんは語る。
「ここの物件を最初に見にきたとき、氷川参道がすっごく気持ちよくて。店に来る人も、働く人も、みんなすごくいい気持ちでいられるだろうなと思ったのが、きっかけなんです」
神社の境内、あるいは教会にある、ひんやりとするような、快くも身が引き締まる雰囲気を、cimaiに入った瞬間に感じる。それと同じ感覚はkicoにもある。オフホワイトの壁に、黒く塗ったコンクリートの床、そこに置かれた黒い鉄とガラスの陳列棚には、食パンやコッペパンといった定番のパン。形は研ぎ済まされて、シンプルに。アンティークの脚付き皿や、特注のガラス瓶に入れられる。
「食パンを中心に、いろいろ展開していく店」という構想をあたためていた三浦さん。どうしてもやりたかったのが、フルーツサンドだという。栽培にもこだわった生産者から届く四季のフルーツ。それを、クリームとともに、三浦さんの代表作である食パンにはさむ。
「桃のフルーツサンド」は、慎(つつ)ましやかであり、肉感的だった。ありったけのジューシーさで甘く弾ける桃。でしゃばらず、それでいて果実とパンをなめらかにつなぐクリーム。むっちりと弾む食パンは、麦の色気をほとばしらせながら、クリームと桃の香りを心に深く刻みつけるほどに、底上げ。フルーツサンドという食べ物の可能性を汲(く)み尽くす。
パティシエではなく、パン職人でしか到達しえない、発酵の高み。フルーツサンド同様、ドーナツもそこに達していた。
形の連想から「ながさわくん」と名付けられたジャムとクリームのドーナツ(月1、2回のみ限定。中に具が入らない「coboシュガードーナツ」は土日限定)。これも季節替わりで、夏はホイップクリームとともに桃ジャムを詰めている。
大久保さんのレシピによる、発酵種を用いた生地。ぷりぷりと歯応えを伝えてくる生地の抵抗に、果てしない快感を覚える。とろりとろけはじめた瞬間、レーズン種の香りがはじけたかと思うと、小麦のミルキーさへ着火、香りが花開く。とろけるクリームと、それをさらに塗り替えていくフルーティーな桃の香。ゆっくり焦(じ)らすようにとろける麦は、だんだん甘くなり、最後に旨味(うまみ)まであふれさせるとき、快楽に溺れきってしまう。
「みんな誰もが知ってて、幸せになれるのがドーナツ。おうちで作るドーナツ、ふわふわドーナツ。いろいろあるけど、天然酵母(発酵種)で、うちらしさを出そうと」
あんバターにも触れておきたい。コッペパンに、あんこ、そして冷えたバター。口の中で冷えたバターが最大限のクリアさのままスローモーションであんこと混ざり合っていく。その狂おしき様に、雷に打たれるような衝撃を受けたものだ。
「あの時代、バターは塗るのが普通でしたが、『バターは冷えたのをのせたほうが絶対おいしいよ』という姉の考えのもと、塗らずに、スライスしたものをはさむようになりました。当時もいまも、注文を受けてから、冷蔵庫から出したてをサンドするようにしています」
甘さを控えた自家製のあんこに、こちらも甘さを控え、繊細に小麦の風味を伝えるコッペパン。その禁欲的な引き算があってこそ、冷えたバターのとろけが過剰なものとして、これ以上ない贅沢(ぜいたく)感・背徳感を現前させるのだ。
フルーツサンドに、ドーナツに、あんバター。誰でも絶対食べたくなる、ずるいメニューの連発ではないか。
「ここに来る理由になる商品を作りたかったんです。氷川参道がすぐそばにあるここで、ゆっくりしてほしい」
古来、参道で食べる甘いものといえば、団子にまんじゅう。kicoは、それらをアップデートし、参道名物2.0を作り出す。
kico
埼玉県さいたま市大宮区高鼻町2-1-1 Bibli 1階
048-776-9656
11:00~17:30
月木休み
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「このパンがすごい!」紹介店舗マップ(店舗情報は記事公開時のものです)
からの記事と詳細 ( 新たな参道名物誕生!? 弾む生地と旬の果実のハーモニー/kico - 朝日新聞デジタル )
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